「振込手数料は売主負担」が当たり前だった時代が変わる――取適法で見直したい「お金の払い方」

税理士の田辺亮介でございます。盆シーズンも過ぎて、夏ももう終わりといいたいところですが、何なんでしょうか。このうだるような暑さは。気温が落ち着く気配などまったく感じられません。
「振込手数料は、代金を受け取る側が負担する。」
建設業をはじめ、長年の商取引では、そんな慣行が珍しくありませんでした。
例えば、100万円を支払う場合、「振込手数料660円を差し引いて、99万9,340円を振り込みます」という処理です。
支払う側からすれば、 「銀行に振り込むための手数料なのだから、受け取る側が負担して当然」という感覚です。
実際、業界によっては、それが「商売の常識」のようになっていました。ところが、この「常識」を見直す必要があります。
令和8年(2026年)1月1日から、下請法は「取適法(中小受託取引適正化法)」に変わりました。
そして今回の改正では、取適法の対象となる取引について、振込手数料を受託事業者(売り手側)に負担させ、代金から差し引くことが禁止されました。
そもそも「振込手数料は誰が払う」のが正しいのか?
ここが今回の話の面白いところです。
実は、日本の法律では昔から、
「お金を払う人が、相手のところまで持っていく」
という考え方が基本にあります。
例えば、商品を100万円で買ったとします。
売主からすると、
「100万円払ってください」
という約束です。
買主が、
「分かりました。でも銀行振込の手数料660円を引いて、99万9,340円払いますね」
と言えば、
売主からすると、
「いや、約束は100万円ですよね?」
という話になります。
つまり、
「100万円を払う」という約束と、「99万9,340円を振り込む」ということは、本来同じではない
わけです。
銀行振込という便利な方法を使うために発生する手数料を、どちらが負担するのか。
これは、本来は契約の中で決めるべき問題です。
それなのに、なぜ「売主負担」が広がったのか?
理由の一つは、長年の商慣行です。
特に企業間取引では、
「振込手数料は売り手負担」
という取り決めが普通に行われてきました。
例えば、
請求額 100万円 振込手数料 660円 実際の入金額 99万9,340円
という処理です。
売る側も、
「まあ、昔からそういうものだから」
と受け入れてきました。
発注する側も、
「業界では普通だから」
と考えてきました。
こうして、法律上の問題というよりも、「商売の習慣」として定着してきたのです。
ところが「取適法」では話が違う
ここが今回の改正で最も重要なところです。
取適法の対象となる取引では、
「振込手数料を売り手側に負担させる」という合意があったとしても、原則として認められません。
公正取引委員会のリーフレットでも、
中小受託事業者との合意の有無にかかわらず、振込手数料を中小受託事業者に負担させ、製造委託等代金から差し引くこと
は、「減額」に該当し違反になると明記されています。
ここが非常に重要です。
つまり、
「相手も了承しているから大丈夫」
とはならないのです。
「たった660円」の問題ではない
「振込手数料なんて、数百円でしょう?」
と思われる経営者の方もいるかもしれません。
しかし、問題は金額の大小ではありません。
例えば、
月100件の取引があり、振込手数料が660円なら、
660円 × 100件 = 66,000円
です。
年間なら、
66,000円 × 12か月 = 792,000円
になります。
しかも、これは受託事業者1社だけの話です。
取引先が10社、20社とあれば、それなりの金額になります。
そして何より重要なのは、
「本来100万円払うべきところを、99万9,340円しか払っていない」
という取引の構造そのものです。
建設業では特に注意が必要
建設業では、
「請求額から振込手数料を差し引いて入金する」
という慣行が比較的よく見られます。
そのため、今回の取適法については、経営者だけでなく、
経理担当者にも知っておいてもらう必要があります。
例えば、
請求書 550,000円 振込手数料 880円 振込額 549,120円
という処理を機械的に続けている会社は、一度確認した方がよいでしょう。
もちろん、すべての取引が取適法の対象になるわけではありません。
まずは、
「この取引は取適法の対象なのか?」
を確認することが出発点です。
「今までずっとこうしてきた」は通用しない
今回の改正で、私が経営者の皆さんに特にお伝えしたいのはここです。
商売には、
· 昔からこうしている
· 業界では普通
· 相手も何も言わない
· 今まで問題になったことがない
という取引がたくさんあります。
しかし、
「今まで問題がなかった」ことと、「これからも問題がない」ことは別です。
今回の取適法は、まさにその典型ではないでしょうか。
これまで「当たり前」だった振込手数料の差引きが、取適法の対象取引では問題になる可能性があります。
経営者の方は、まず「振込処理」を確認してください
今回の改正を機会に、会社の経理処理を一度確認してみることをお勧めします。
チェックするポイントはシンプルです。
- 請求額から振込手数料を差し引いていないか
- 「振込手数料は売主負担」という取引条件になっていないか
- その取引は取適法の対象になっていないか
- 経理担当者が従来どおりの処理を続けていないか
特に注意したいのは、システムや経理担当者が「いつもの処理」をそのまま続けてしまうことです。
法律が変わっても、振込処理の設定は自動的には変わりません。
これは「手数料の話」ではなく、「商取引の考え方」の話
今回の取適法改正は、単に
「660円を誰が払うのか?」
という話ではないと思います。
もっと大きな意味があります。
これまでの商取引では、
「力の強い発注者側が、業界の慣行として条件を決めてしまう」
ということがありました。
しかし、今回の取適法は、
「本当にその取引条件でいいのですか?」
と、改めて問い直しているように感じます。
振込手数料についても同じです。
「昔からそうだった」
ではなく、
「代金はいくらなのか」 「誰が何を負担するのか」 「その負担を相手に押しつけていないか」
を、一つ一つ確認する。
これからの企業間取引では、そうした姿勢がますます重要になっていくでしょう。
税理士として、顧問先の皆様にお伝えしたいこと
今回の取適法への変更は、経理担当者だけの問題ではありません。
社長さんにも一度、自社の取引を見直していただきたいと思います。
特に、
「請求額から振込手数料を引いて支払う」
という処理をしている会社は、その取引が取適法の対象になっていないか、確認してみてください。
「昔からそうしているから」ではなく、
「今の法律では、それでいいのか?」
という視点で商取引を見直す。
それが、今回の取適法改正をきっかけに、会社として取り組んでいただきたいことです。
なお、公正取引委員会の資料では、取適法の施行に伴い、振込手数料のほかにも、協議に応じない一方的な代金決定の禁止や、手形による支払いの禁止など、新しいルールが示されています。
「下請法が変わった」だけではありません。 企業間の「お金の払い方」そのものを見直す時期が来ています。


